鬼神の復興
[鬼神の復興]
<鬼伝説の幻想イメージと象徴形態>
世の中に、邪をもたらす魑魅魍魎の代表格とされてきた鬼。
地獄で罪人に罰を与える鬼。
この伝統的な常識イメージに疑問を抱き始めたのはいつごろだったか定かではない。
この論文はこのような疑問から始まって、歴史資料から、さらにもう一歩踏み込んで神秘学観点からも解釈を試みたものである。
本来ならば、歴史資料と神秘学的推論とは分けて考えるべきだとする人もいるでしょう。推論には、やはり理想的誤りが多いのは確かである。しかし現実資料だけではあまりに視野が狭すぎる懸念がある。
やはり両面を合わせて推測した結論を、さらに現在の現実社会と照らし合わせた有益な真実を模索してゆこうと考えている。
[個人の推測された結論]
先に私個人の研究成果でもありましょうか、推測された結論を挙げておき、それに沿って資料とさらに思索を続けてゆこうと思います。
①およそ現代人の神の概念は、光り輝いた人間の姿で優しく慈悲深いイメージで、オドロオドロしい罰を与える姿では無い。しかし各国の原住民などの神の概念は、鬼に近いのである。つまり現代人以前の神は鬼神ではなかったのだろうか。
②鬼、または鬼に属する民族、あるいは鬼神を崇拝する民族が渡来人以前に日本国土に住んでいたのであるが、現代人の祖先である渡来人の襲来によってその歴史を末梢されたのではないだろうか? これによって当然鬼神民族は悪の者とされるおとぎ話、歴史が語り継がれることになる。
③さらに中東メッカにて世界を治めていた唯一の天皇が、ある時代を境に衰退しはじめ数千年をかけてシルクロード沿いに文明の痕跡を残しながら、日本において引退されたのではないだろうか。
[資料と思索 1 ]
私の思考方法は<ひとつの事象を他方面から観察してその本質を探る>方法をとります。ここで鬼の主題を考えるとき、日本、および東洋のみに限定はしない。同じ形態性質のものであれば世界各国のものも参考にしてゆきます。
まず、一見無関係のようですが言語の意味連鎖から始めてみます。
<鬼・キ>同じキの発音の字を羅列。
氣、貴、輝、奇、明るく気高くしかも幽玄のイメージ。主に元の意味に近いものを挙げてみたが、他にも季節の節目、精神器能、などにもキの発音が使われている。
※日本語は氣学を元に編纂されているようである。この謎について興味はあるがまったく手つかずです。
<鬼・オニの発音は、隠れる、のオンからきていると言う説、また陰もオンと読ませる場合がある。これらに関連した説では、神・カミという呼び方も、隠れ身、と言う意味からきているとされている>
<鬼の呼び方ではウラとも呼ばれている。岡山県地方>
私の突飛な考えとして、単純にウラ・裏と解釈してみた。これに対し、表・オモテ、面・オモテとされる世界が、この世、現実、形の世界とするとき、、ウラ、カクレミの世界はオモテの世界のネガ、要素、原因、基礎土台の世界と見ることができる。
またオニの発音を分解して<隠・オン、仁・ニ>でオニとした場合、鬼は隠り世の人、ということになる。さらにタマシイを意味する魂魄という字も一考にあたいするだろう。
これらを総合してみるといままでとは異なった鬼のイメージが沸いてくると思います。
角の生えた人骨は未だ発見されてはいない。これによって鬼の姿をした奇怪な生物が生息していたとは考えていない。また鬼とは、この世からは隠れて見えない身体、あるいは半霊半身であるとしてもよいだろう。
では、全国に伝わる鬼退治伝説はなにを物語るのか。おそらく鬼神を信仰していた民族が何者かによって滅ぼされ、さらにこの信仰を原始民族の迷信とするため悪神として伝説を残したものと推測できる。この民族の歴史はほぼ完璧に末梢されているようである。
ただこの民族の末裔が南端、沖縄民族、北端、アイヌ民族ではないか、と考えている。そのうち鬼神信仰の名残りを僅かに見せているのがアイヌ民族である。
2008-1/27
<アイヌの女性>
口の刺青は、崇拝する神に似せているものだろう。
[鬼が人間に教えた知識]
<はたして鬼は、人に害ばかり与えてきたのか>
<吉備神楽面> <神農>
山陰の鬼の面は尖った角、および牙をもっており、おそらくは妖怪悪鬼伝説からより芸術的に創作されたものだろう。その点、岡山吉備神楽の面は、角はタンコブに近い形となっている。吉備の鬼は神話神楽のタケミナカタの神で、吉備津神社のウラとも共通するものと思う。
また鬼の形相については、四角い顔、への字の大きな口と牙のような歯と剛毛、目はもっとも特徴的で、釣り上ったアーモンド・アイ。これらの人相は、ある地方の原住民のあいだでは高貴な人として崇められている。
角がタンコブ型で思い出されるのが、中国古代神話の神<神農・シンノウ>である。元の姿は、頭は牛、体は人間でタンコブは牛の角の名残りであるとされている。この神は、人間に農耕や薬草の知識を与えたとされているが、おそらく暦その他の知識ももっていたと思われる。
吉備のウラ伝説では、吉備津ヒコに首を切られても<鳴釜神事>によって年の豊作、災禍の吉凶を占わしている。また東北地方のナマハゲであるが、ここでは子供になまけ心や良くない心を持たないよう躾をしたり、家の邪気払いも兼ねているものと思われる。
現在の伝承、既成概念では鬼そのものが邪気とされているが、ここでは人間の邪気を祓うのが鬼、なのである。
ほかには、聖所やご神体を守り、行く先を清めるものに、狛犬、シーサー、天狗のダカ、西洋の教会の屋根に彫られている悪鬼などがある。ここで纏めてみると今までの既成概念と逆のイメージが沸いてくる。
①邪気、穢れは人間から出され、それを清めるのが鬼。
②神聖な氣を人間社会から守るのが鬼。
③神と人間との間に仲介するものが鬼<鬼の理念は、人間と霊を媒介する位置にある>
[神農と青銅紀]
<高砂・石の宝殿><フクギ・神農><フクギ・ジョカ>
中国の鬼神信仰の時代は青銅器時代、また石をたくみに加工する技術を持った巨石文明とも並行するものと考えている。青銅、金銅、輝石などは、精霊、この場合鬼神との交信媒介、祭り事の主に装身具に使われ、巨石自体はご神体と考えられていた。
この青銅、巨石、鬼神信仰の文明、または民族は日本国土で滅び去ったと見ている。その痕跡が、出雲・荒神谷遺跡、岡山県・熊山遺跡、兵庫県高砂、石の宝殿、これらを代表として鬼退治伝説とシンクロする山城遺跡が各地に残っているようである。
さて、この文明がいったいどのような思想哲学をもっていたかが神農の伝説によって垣間見える。残された拓本によると、神農は神、フクギ、ジョカは人類の始祖として一対で敬われていたと思われる。
そしてこのフクギ、ジョカの持っている定規とコンパスは、錬金術の代表的なシンボルである。私の場合、錬金術、カバラ、グノーシスは一括して<グノーシス・叡智>としている。これによって次のように定義した。
①現代物理科学文明以前には、精霊と交信した自然科学文明が存在していた。
②創造の原理に基づいた精霊自然科学の断片は現在もグノーシスとして伝えられている。
③この文明社会は、唯一の神皇、天皇、君主、を崇拝し世界国家を治めていた。
ここまでかなりな省略、駆け足でとばしてきたのはてっとり早くこの定義を挙げて、鬼神信仰を手掛かりにこの文明を模索してゆきたかったからである。
※歴史資料については他に優秀なHPがあります。参考にしてください。
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