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アマテラス紀②

[殉教の歴史]

貴族階級や地方の豪族など権力者の奢りと堕落による民衆への搾取隷属、これらアマテラス紀におきた殉教の歴史を通じて述べてゆくつもりですが、この論考の場合、迫害の歴史を通じてどのような霊魂が培われてきたか、が主題となるもので、正確な史実や宗教思想のどれが正統であるかなどを論じているわけではない。

たとえば殉教の艱難を強いられたのはキリスト教に限られたことではなく、また押し付けと侵略に使われたのも一つの宗派だけではない。

迫害の在り方も搾取と宗教殉教と分けづらいが二種類を挙げると、一つは人民搾取の歴史で、これは後に革命を呼び、現実唯物観念主体の共産主義に発展していった。
もう一方は、宗教的な弾圧による殉教である。

A<搾取迫害艱難者>
盲動貴族の開拓精神。侵略隷属化への革命の歴史。

B<信仰殉教者>
侵略開拓の正当化にキリスト教が使われた。主にローマカトリックであろう。
正統キリスト教の原始信仰への弾圧。霊的信仰や能力は、迷信、魔術、はては悪魔主義、異端として迫害される。
この理由のひとつとして霊能力への劣等感が潜在的にあったことも確かだろう。結局は原始信仰の神は、神に反抗する邪悪な悪魔とされるに到った。

信仰殉教者については、ドイツのホロコーストもこれにあたるだろう。

神の概念が<公平な審判を下す恐ろしき神>から、人間的な慈悲深きイメージに変化したのは仏教においてもそうであるが、ローマ政教の影響も多大であったろうと思う。
いずれにせよ、現代において正当化される宗教は、人間情動道徳に基づいたものでなければならない。
これと反対に呪術、霊能、に関連付けられたグノーシス、カバラ、およそ神道なども原始的迷信の領域、異端として排斥されるにいたる。

ここで重視することは、A B の迫害の歴史において、どのような意識が凝固されたか、が問題なのであって繊細な史実を重要視しているわけではない。

A 現実唯物主観
[支配者への復讐心と憎悪、狡猾な手段に集中する学習]

B 霊魂信仰観
[現世とあの世が存在し、現世は霊魂の苗床、試練の場に過ぎない。およそ現世に重きを置かない心情]

人間の歴史はこの二性質の霊魂凝固過程でもあり、このどちらを凝固させてきたかで、個人の意識の集中、判断選択の方向がきまるわけである。つまり、その後世においての運命の基礎要素でもある。

Bを結晶化させた霊魂は、20世紀後半の急激な便利科学の発展と物量飽和状態、甘やかしの現実主義優位で、霊魂にとっては暗い夜、最終的選択の時代であったが、それでも潜在的に違和感を覚え、自分の霊魂を守ることができた。

Aを凝固させてきた時代の胎動は、霊的世界を信じる国家、神道、霊能者たちも、革命を成功させた煽動の方法で浸蝕し、21世紀の初旬には崩壊させてしまうまでに増強してきたわけである。20世紀前半にヤマタノオロチが上陸して、20世紀後半には選択がほとんど決まり、21世紀初旬にはその現実化となる。

①霊魂進化論
②凝固されてきた霊魂の性質
③科学文明社会の進歩のうちに、試練と選択がどのように繰り返されてきたか。

二つの性質の意識質量を主軸として、①②③をベースに考えて、この三千年の霊魂淘汰プロセスから、歴史史実を観察してゆくことである。

  [ヤマタノオロチ] シンボルシャッフル型論考

父、祖神の試練によって、千尋の谷底に落とされた独り息子にあたるスサノオは、父の素質を受け継ぎながらも生まれてすぐに無智のまま大海原に産み落とされた。

それゆえにどうしても無智<0>から始まり、若く稚拙で粗暴無謀な悪とされるプロセス<弱肉強食~科学知識の獲得、人類の歴史>を通り、それが原因となり悪神荒神とされたわけである。
若きスサノオが、馬の皮をはぎ、神殿に投げ込んだのは、四大を科学分析して物理科学を打ち立てたことによる。
しかしその素質によって、どの民族よりも学習発展が早く、先んじてあらゆる知識を身に着け<人類の社会制度、物理便利科学、哲学>の発展歴史を経て、最終的に父の国の門前に立ち、祖神の霊性の中にこそ探し求めてきた純粋と美と調和がある、ことに気がつくに至ったわけである。

その父の国では、ヤマタノオロチによって外から内から攻められ、もはや最後の娘<クシナダヒメ・世界の主導権>を飲み込むだけ、尻の毛まで抜かれてまだ気がつかぬ、状態になっていた。
しかもいまだに神の示した裏の裏が読めずに、肝心のスサノオを門前払いにして、ほとんど遅すぎる状態となっている。

上の人がこのことわけを察して、しっかりと手を組むとどんどん埒があいてわざわいを食い止めることができるのであるが、まったく前面表面しか見えていないわけである。

グノースティコイと日本人はしっかりと手をつなぎ、未来を切り開いてゆかねばならない。
グノースティコイは日本の神を信仰し、日本人は彼らから叡智を学ぶべきである。

<スサノオは悪神である>とする、現在までに植えつけられた概念には、もはや必要は無いと終止符をうつべきである。
これが解れば、神の示した文の矛盾点が一つになり、第三の真理が読めるようになる。
とくに上の人は一日もはやく悟るべきで、これによってこそすべてに埒があいてくる。

悪神、宇宙人、メーソンなどがどうのこうのと見当違いで愚鈍なことを言っている間に足元と背後が占領されていることにまったく気づいていないでは、先で後悔しても無意味である。悪神などが日本を潰そうとおもえば戦後すでになっている。

※ここでのグノースティコイの意味は、たんに<理解できる資質のある者>で、史実上にある特定の民族などを示すものではない。

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