« スカラベ | トップページ | 神性配置 »

おしらせコーナー

Gennsi

 霊力を感じさせる鬼面に出会いましたので、このブログの御守りも兼ねてしばらくのあいだ飾らせていただきます。

009  

 「なんじの鳴るがごとく、なんじに成る」

 「なんじの鳴るがごとく、なんじに成れ」

 復讐と罰を与える権利と力は、神にあり。

 この呪文は、これからの時代、双方に威力を発揮します。

 sandclock

さて今年も終盤に入りましたので、このコーナーは閉じます。

肝心なところは記憶しておいてください。


 newlibra

 ゆっくりとではありますが、分離は進んできているようです。もう少し時代が進むのを待ってから核心的な題材に入ってゆきたいと考えています。それまでは、スサノオ信仰の在り方を模索してゆきたいと思い、またこの尊の導きと守護と罰の働きが現れることを切に祈願いたしているしだいです。
 これからは、本当に一様な善悪判断でいると神を見失うこともあると思います。神が自分の内側から見ていることと、純心性を失くさないように他批判を避けて内実性を重視してゆく霊的環を広げて行ければ幸いです。

 創造の原理と、人間、自分自身を探究する学問は同じである。

 芸術感性、自己創造の遊楽は、人間存在の本質であり理由である。

[第三の真理]
 聖典や神示を読んでゆくうちに、ここではこのように書いているのに別のところでは違ったことが書いてある、と思ったことはないでしょうか。それほど数多く読まなくてもこのような疑問にであうことがあると思います。
 一般的には、いずれか自分の思想や立場にあった言葉だけを真理として信じている人がほとんどです。これが元となって数多の宗派が生まれたのでしょう。唯一の真理探究者は、相反する言葉を合わせられるところに語られない第三の真理を発見してゆくべきでしょう。単純な視点のリバースが、探究の技術でもあります。意識の集中が、常に他批判に外れる要素はニヒルな虚勢によるものです。
 

 アマテラス紀である現代は、青銅紀、鉄鋼紀、油田・ガス・電気時代、金融経済時代を経て、次に自然の神が荒れ狂う時代に入ろうとしています。このあと天候の変化はもちろん、経済の混乱、政治の混乱と人知におよばない状態となってゆくことだと思います。この過程をとおして人類の性質は二つに分離してゆくことになるでしょう。
 その兆候が、2008年に見えてきたようです。

new2009年に入って、政局の愚劣な混乱と、また反対にほんとうの人道的生き方を示すような出来事が報道されていることに気がついていてください。
政治的には、見た目は国と国との問題にも見えますが、最終的には個人がどちらの道を選ぶかにかかってどちら付かづですまされない時代となります。
急ぐべきはどのように、どのような性質に分離されるかをよく考えておくべです。
わたしの感覚では、展開の速度が速くなってきたと感じています。

 この世は修行の場とか、霊魂の苗床という思想は昭和初期生まれの人にとってはかなり普通の宗教思想であったと思います。わたしの霊魂進化論も、この思想がベースになっていることは確かです。
 よく考えてみますと60年代以降生まれの人にとっては、安易で過剰な平等意識を刷り込まれているわけですので霊魂に淘汰進化などとは耳に馴染まないのも無理からぬことです。
 戦後教育によって精神性を失った無責任時代、ゾンビ、偽善仮面のソドムとゴモラ再来の時代と、このような予想は当時から囁かれてはいたのです。
 ある預言者は「20世紀の人々はかわいそうである。魂を取られる」とも語っている。
 社会も科学も輝かしい進歩を遂げた時代の舞台裏である。

 〔予定〕
 <アマテラス紀、姉弟の時代>
 アマテラス紀Ⅰとして書いてゆくつもりですが、より理解しやすく、また最後まで書けるかどうか自信はありません。

 aries
 

            winesecret number of MIROKU

            ⑦
           ⑥
                   ⑤   

  shoe〔出雲散策〕
 摩陀羅神社の三十二花弁の菊華紋

 年に一度ほどですが、出雲に通い始めて数年たつわけで、ほぼ肝心なところは行き尽くしたと思っていたのです。そこで三年ほど前から始めたらしいのですが、出雲国神仏霊場めぐりなるパンフレットが目につき、ならば出雲大社参拝のついでに一番近いところの鰐淵寺と書いてガクエンジという二番札所に行ってみたのです。
 山深い寺ですので神秘的な空気は言うまでもなく、本殿までの横手の紅葉の木は幹が太くそうとうの樹齢を感じるものです。
 本殿に参拝して、左横に鎮座する摩陀羅神社にも参拝して、ふと神社右側を覗いてみるとどうやら菊花紋が彫られてあるのが見えたのです。よく見るとどうやら花びらが多いようなのです。ひょっとすると、三十二弁あるかもしれないと思い、目を凝らしてみたのですが、なんとてお月さまが二重に見えるようになったわたしの目では数が読めない。とにかく写真に撮って帰り拡大して見たのです。
 やはり三十二弁でした。しかも中心は三重円。あるかもしれないとは思っていましたが、本当にあったとは感激でもあります。
35
<摩陀羅社から三台杉だろう、を通して見る本殿>
 この杉も、稀に見るりっぱな大杉です。
35a
35_2
 どうもこの神社も出雲大社同様に謎ある由緒ある神社のようです。おそらく社名の摩陀羅は仏教の勢い盛んな時期につけられたものかもしれません。いずれゆっくり探索してみたいところです。
 
 開創 天台宗、智春上人により、推古天皇二年、西暦594年とされています。
 <出雲国神仏霊場・鰐淵寺>について、アクセス等はHPがありますのでそちらをみてください。

|

« スカラベ | トップページ | 神性配置 »

文化・芸術」カテゴリの記事