意識段階
意識段階の論考であるが、ここからすでに個人的沈黙のうちに進めてゆく学問であることを理解しておいてください。知性レベルについて公に論ずることは、必ず止めどない愚かな泥沼論争に陥ってしまうことは日を見るよりも明らかである。
一般的人間は、どのような思想でも、誹謗、中傷、陰険な策謀に使うものであることに気付いておくべきである。たとえば、性が全ての生命創造にとって重要な真実であるが、それを露わにすることは、醜悪であるとされるのによく似ていて、真実真理を公表することは稚拙で愚かな行為でもある。これも、秘密の教義、とされる理由の一つである。
だから、常に自分自身で他人や自己を正確に観察してゆかなければならないのであるが、ここで相対感情によって公平鮮明さを欠いてくると、かならずどこかの段階で止まることになる。実際ここでの正確な観察力は、内在の指導者による試みと援助なしで培ってゆくことは不可能である。<ダンテとヴェルギリウス>のように。
このようなことで、あまり書きたくはなかったが、探究者にとっては、意識の段階を深く繊細に観察し、各段階に当てはめてゆく作業は、なにより先行すべき重要な課題である。それは、人間の意識も、森羅万象もよく似ていて、自分自身を知ることは創造を知ることになるからである。
次の図は、意識段階を測る、尺度の型であると考えてください。
<大段階の⑥>
左側のマクロコスモスとしてある⑤⑥⑦段階は、創造進化過程で、人類の位置を示している。
したがって、ここでの①~⑨までの段階は<ミクロコスモス・人間>の意識段階を表している。また⑥は、これまで説明してきたように、あらゆる事物の中心、中間、境界線でもある。
肉体を持った、現世の人間の意識段階、現実観念を基礎とした思考は、①~⑥までで、それ以上、⑥⑦⑧は霊魂の法則を考慮した、知性のみの進化過程を意味する。およそ紫色で示してある、⑦⑧⑨段階である。知性に関しての意識段階を測るには、この尺度を使うのが最適である。
概ね③段階から、個人的自我意識、知性の萌芽を意味する。さらに⑤段階までは、現実観念の知識知性範囲である。だから⑥段階に達してはじめて現実物理以上の法則に気がついてくる段階にはいるわけである。
その一方的現実観念での④段階は、体力気力優先主義者。⑤は、知能能力優先主義者で、その後半は現実主義ではあるが、情動的慈善道徳主義者、となる。一般的には、この段階で進化はストップしてしまう。しかしそれ以上の疑問を持つ資質ある者は、さらに無形の要素である、形而上の霊的法則へと知性を広げてゆくことになる。
〔三重の体〕
以上の意識段階を横として、人間の三つの体<精神体の性質><転生する霊体の性質><身体の性質>を縦の基礎として縦横合わせることにより、非常に複雑な個人の性格と運命が織りなされるわけである。縦、三つのヴォディ。横三段階。<型は、キューヴ参照>
<肉体の性質>
先天的遺伝要素。体形や臓器の強度によっても、その思考傾向に影響があるものである。
<精神体の性質>
後天的要素。教育環境と生活環境、風土の記憶によっても思考傾向に影響をおよぼす。およそ10歳まで育った風景環境はほぼ一生を通じての性格を造り上げる。
<転生する霊体の性質>
もっとも潜在的であるこの性質は、本人の知性の発達過程において自覚してゆくものである。
たとえば、現世では、上層教育とその遺伝で育った身体でも、霊体は③程度の本能欲動である場合や、反対に低い教育環境で育った身体に、⑥程度の高度な知性が内在していることもあるわけである。
〔意識段階①~⑨までの内訳〕
①②③爬虫類。本能欲動、弱肉強食。体力気力が主体。
③④⑤哺乳類。現実主義的相対感情思考。
⑤⑥⑦霊長類。現実的情動道徳→霊的道徳へ。
⑦⑧⑨霊的均衡の叡智へ。
また現世でいる限りは、高度な知性を獲得しても、その作業は肉体と霊が合わさっている位置、⑥の三次元世界、現実世界においてなされる。
人間の段階では①~⑥と上昇するほどに知性の質量は増してゆくが、思考力が増強するほど気力は減少する。反対に、体力や気力精力などの生命力は知性の低い①ほど強力で、子孫を産む力、繁殖力がある。現世ではどちらかと言えば、この両極端の形態が普通である。
この知性と気力双方を兼ね添えた文武両道とは、じつは現世では在り難い奇跡的な状態なのであって、守護者の錬金指導によってでなければ成就はあり得ないことなのである。つまり知性質量と、純粋生命質量とは相反する性質の氣で、水と油のように常に分離する性質なのである。
次に、この尺度の型を考案するに到った経路を挙げておきます。そのひとつは、前記事の<国常立尊と男根崇拝>に挿入してある図版<十六世紀、太陽の光輝、大英博物館>である。
この図で、梯子の人物が、右足を⑥段目に掛け、左足を⑦段目に掛けて作業していることに注意。この左右についても意味があり、これに関した図版<原型的人間、おそらくアダムカドモン>を挙げておきます。
両足だけでなく、さらに両手、頭部の位置を考えて、どの領域で作業しているか、を考慮しておく必要がある。原人の縮小された構造が人間であり、自分自身である。
あとは、自分自身で現実をよく観察しながら、この尺度を埋めてゆくことである。これが完成に近づいてくると、人の内性が読めて、そこからはじまるプロセス、運命形態が推測できるまでになるだろう。この思考感性を獲得してゆくことにより、占術<運命のバイオリズム>などを活用できるようになるわけである。
※もっと現実的な人間の在り方を書くべきであると思うが、結局重複したことしか書けなかったわけである。ここで一度記事を整理して、さらに言及してゆきたいと考えています。
08-10/17
<追稿>
⑥段階を、境界線としたところで、ついでに書いておきますと、なにも説明無しで書いてきた<グノースティコイ>とは、理解できる資質の有る人々、と、わたしは解釈しております。つまり、境界を越えた向こう側に哲学的知性を置ける人のことです。
善悪の彼岸、あるいは映画では<薔薇の名前>など、耳にしただけでなにをいわんとしているかが直観できる人々でもあります。
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