立方体・キューヴ
立方体、キューヴと題しているが、ヘキサグラマトンをさらに推し進めた論文である。
上下の三角形の合わさったところに、二ポイントが四ポイントとなって四角形が生じる<上図>。さらに立体に展開したキューヴの図を<上図下>に載せておきます。この内容が三分化されて縦横3×3=9の最小単位の創造要素が展開する。この要素を人間の心理器能に置き換えたのが<下図>である。
※立体展開図を、現実五感世界としていることについては<グノースティコイ・綾,
現在は削除>簡単にマトリクス理論も参照。
※この場合の数値配置は、一応順序だけの意味である。
ここで感覚が最も下位で、思考が何故上に位置するかと言えば、感覚器能が最も硬く重く、重力に反応する意識質量としているからである。これは今理解できなくてもよいものです。そのほかの三要素を当て嵌めるときも、重く堅く暗いものを下から順に配置してゆくことである。
まず、この心理要素の概念を挙げておきます。
①五感、視覚、聴覚、触覚。
②感情、喜怒哀楽の発達段階か、感情のみ。
③知能、知能思行、体験に反応するだけの発達段階の思考。
④感覚、情緒段階の感覚、精心的快感や好悪感覚の発達。
⑤情緒、繊細な感情の発達で、主に芸術感覚の芽生え。
⑥思考、多くの体験を基にした考えるにふさわしい哲学思考の発達段階。
⑦感性、哲学的思考感性、潜在的に積まれた転生からの知識の貯蔵庫、直観の源。
⑧精神、この段階での感情は、芸術的であると同時に、分別と節度をも意図した精神である。
⑨ここが、叡智の結晶化による判断ができる段階である。
たとえば<思考の段階の感性⑦>は、転生を含めての刺激因子、体験記憶による認識を意味しており、この認識の質量によって現在意識の<思考>の好悪判断が決定されるのである。それは万象から思想哲学にまでおよぶものである。長い転生から現在までに、感性のなにを育んできたか、なにを失ってきたか、によって思行方向がきまるものである。もしも人の感性質量が読み取れれば、その人の思考習慣や運命形態まで読み取ることも可能である。
およそ感覚の柱は、情緒、喜怒哀楽によるトラウマなど、刺激因子、体験記憶の貯蔵庫であり、しかもこの中で潜在的に類似連鎖を起こして凝固してゆくわけである。
そして、思考が知性へと向上してゆくほどに、習慣的な好悪感によって下していた判断決定に疑問をもって自己を観察することができるのは、最上段の<知性⑨>にいたってからである。
さらに、この三つの要素を、他のさまざまな事物に置き換え、当てはめてゆくと、より観察力、洞察力を培う道具となるものである。
たとえばアート作品については、技術、情緒表現、哲学性などをあてはめてみることであり、また①~⑨までを縦に並べ替えてみると、物事のプロセスを測る定規ともなるわけである。使い方は、すぐ理解できるものではなく、人生体験と同じで、積めば積むほど要領を得て、手放せなくなるもので、この定規を使って物事のレベルと、過去未来のプロセスを観察する方法などを挙げてゆくとすると、ゆうに一冊の書物になると思う。
いずれにせよこのような知性探究の道は、現世では即力と成るものではなく、かえって無意味とも思えるものである。しかし転生において揺るぎ難い人生レベルを獲得できるのはこの方法しかないのである。現実に、人の品格性格と言うものが、その今生においてのみ育て上げられたものとは言い難い感覚があるのはそのためである。
※この論考は、後もう少し付け足すかも知れません。
普通、知能③と知性⑨とは見分けがつかない。とくに現実主義者にとっては、知能の発達以外のなにものでもない。しかし、深く探求してゆくものにとっては、重要な課題であり、それは<知能母体の中の子><現世の人格形成と霊魂の資質>のような違いがあり、見分けられるようになってくる。
一般的には、この二つは相乗効果によってそれほどの違いが無く類似しているものである。しかし常に何パーセントかの割合で、この間にギャップのある人物が生じる。その場合、その人の霊魂質量を見分けることは不可能である。よほどの霊能者であっても、読めないか、読めても語らないか、であり、時節にいたるまでは、表面化することはない。この霊魂の秘密は、現世の物語や、その役目によっての重要な秘密だからである。
しかし、個人々、自分自身においては、この知性の質量を模索し、見分けられるように訓練して、上昇してゆくことは可能で、またこの訓練こそが錬金術であり、現世生活の意味でもある。
<現在の私たちの思考段階>
たとえば、現在の私たちの思行判断は、感情の段階の4~5番目にあたるだろう。この段階は、理論的発達を遂げながらも未だ相対感情に強く影響を受けて、判断決定がなされていることを、自分でよく理解しておかねばならない。
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