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2008年6月

国常立尊の三つの性質

 国常立尊が地球の大神<造物主>であることはすでに述べてきました。この大神の三つの性質、働きが、図で示している<陰の法則、意志、陽の法則>で、イザナミ、スサノオ、イザナギ、を意味します。
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<意志の柱>①国常立、⑥スサノオ、⑤大国、⑧猿田ヒコ。
<陽の法則の柱>②イザナキ、⑩アマテラス、(櫛)櫛稲田姫。
<陰の法則の柱>③イザナミ、⑨月読神、④エビス。
※この図は、セフィロトツリーではなく、吉備の掛け軸を配置変換したものであるが、柱と働きの意味は同じである。柱の別名を挙げておきますと次になります。
<慈悲の柱><均衡の柱><峻厳の柱>
※ここでは書き分けていないが、大神、神、の敬称は概ね固定した原理原則を意味し、尊、命、は流動する意志生命を示していることを考慮しておいてください。
 このうち、陽の大法則、イザナキは、絶対に揺るぎの無い厳格な直線的法則である。そして陰の法則であるイザナミは水の性質で曲線、女性的である。
 次に、②イザナキ、⑩アマテラス、(櫛稲田姫)がなぜ陽の厳格な法則の柱に位置しているか、に注目してください。これは、厳格な法則、男性積極的働きが、次の五感世界の働きに移行するとき<変性の境域を超えて>その働きは従性となり、この上で自由意思が表現できる空間場となるのです。たとえば自由意志の<ミコト>が画家であるならば、アマテラス神は、カンバス<現実物理法則も含めて>を意味するものです。
 つまり大原則イザナキは変性して、外は女、内は男、アマテラスとなり、意志表現の場<受胎>となるわけです。<グノースティコイ、綾>を参照。また神カミの語は紙、面白しにも通じる。※現在グノースティコイは削除しています。
 この働きは、アマテラスの属性である機織り女、とさらに図で示しているように櫛稲田姫も同じ働きの霊系にあたることを意味しているのです。
 <この働き=霊系という解釈も、一般的には理解しにくい思考性だと思う>
 働き霊系は図で示したとおりであるが、神の生まれた順序は神話のとおりである。アマテラスはイザナキの左目から生まれ、三貴神の中では最初に生まれた。櫛稲田姫は、オオヤマツミ、アシナツチ、テナツチの娘とされている。
 このアマテラスと櫛稲田姫の異なる点は、アマテラスはスサノオの姉となり、姉のアマテラスが主導権を持つにいたり。そして櫛稲田姫とは夫婦となり、主導権はスサノオが持つわけである
 さらに、なぜこの図でアマテラスと櫛稲田姫を並べて表したかと言えば、スサノオとアマテラスの関係は姉弟であり、スサノオと櫛稲田姫は妹背、夫婦の関係、この姉弟、妹背の二つの関係が後の謎を解く重要な鍵となったのである。
 簡単に述べておくと、姉弟の時代は現実主義的で、物理科学が発達する時代。妹背は霊性が主体となる自然科学の時代である。つまり、現代はアマテラスの時代である。また、現実主義と、霊性主義は体主霊従と霊主体従の意味に匹敵するだろう。<この論稿は未定>
 次に霊主体従を表していると思われるチベット密教のマンダラを挙げておきます。
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 一般概念では霊とか神を美しい人像でイメージするのであるが、チベットマンダラの場合はその概念を真っ向から否定している観がある。こうした疑問にも考慮が必要で、創造の秘密を解く鍵となるものである。

 次に、錬金術関連で<姉弟、妹背>の関係を表した図版を挙げておきます。
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 上の図版では下が女児、上が男児となっており、翼が無くゆうつな感じである。これは重たく物質的で女児が主導権を持つ。姉弟、体主霊従を表している。
 下の図版では、上が女児となり、下が男児で翼があり、軽く自由霊性で霊主体従を表している。
 ※この図版では、主体となるほうが下に位置していることに注意。逆相の意味は国常立尊のところで、すでに説明したとおりである。既存の錬金術書では、溶解、発酵、気化の蒸留過程に関連した説明のみである。気化状態<図版下>とは、霊性を回復した状態と見ている。
 各国、地方の観念、象徴の違いによって、一つの真理が多様複雑化していることも考慮すべきである。
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スサノオの紋章

 三重の世界の要となって大海原である現世を治めるスサノオの尊の位置が、生命の木では⑥のティファレットであることはすでに述べてきたとおりである。ここでは、その万世一系の統治者としてのシンボルマーク、紋章を推測してみた。

 現代占星術でも用いられている太陽のマークは、円の中に黒点<下、説明図、スサノオの基本型を指す>であるが、このマークは元来霊的太陽、創造の光を表していると考えている。
 ならば本来の地上の形を照らす太陽のマークはいかなるものであったか、探してみたが、おそらくはこれであろうと思われるのが次の写真である。
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 向って左が太陽。右が月。
<写真・聖フランチェスコの聖遺物・1228年以降・上部分>
 この太陽は、渦巻きを巻いているようでもあるが、菊花紋で言えば十二の花弁に相当するだろう。十二は、占星術での星辰にあたるが、同時に物事すべて、形の総数でもある。
 したがって、中心点の無い、十二の花弁だけのシンボルが<占星術で使用するはずであった太陽>アマテラスとしてもそれほどおかしくはない。およそマルクトの要素は、四大エレメントがそろって表示されているが、これは結局すべての色に通じ、虹色をも意味すると考えている。
 このように考えてゆくと、十二弁の菊華紋とは、アマテラスの光の中に中心点であるスサノオのシンボルが入っている紋章であるとしても不思議ではない。
<写真は無いが、十二弁の菊華紋は古代ユダヤ神殿のレリーフを指す>
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 <仮設菊華紋説明図>
 日光は金、月光は銀としている。
 花弁十二と十六との違いであるが、その意味合いについては正確な史実は無い。(万世一系の統治者)スサノオの紋章として挙げてある中心に六角形を入れてある〔総合型〕では現在の天皇の菊華紋である十六弁で、しかも表裏ある三十二弁を配している。
 三十二とは神々の総数であるとする説を用いれば、私の考えとしては、日神系十六、月神系十六と、表裏合わせての三十二としているわけである。
 古代ユダヤ神殿の、十二花弁菊華紋石彫レリーフの写真では、中心を盛り上げているようにも見える。これは中心点のある円を意味して、おそらく天皇の菊華紋もこれを表していたものと思う。
 人間から見て、現世の主宰神であるとともに、各個人の本守護神でもあるスサノオとはどうしてこれほどまでに不明瞭で謎の多い神であるか、ということがこれからの課題である。まず、この神は、霊界、幽界、現世を行き来することができ、その三世界を網羅している小径、道、プロセスを巡り尽くしてなお未だに放浪の神であるスサノオの本性を探究してゆくことが真実の信仰と結びつき、たんに信仰にとどまらず叡智への学びと試練の道へと続くものであると考えている。

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